吉田簑紫郎(文楽人形遣い)
2018年9月30日更新
この度の豪雨により多大な被害に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「 」内、すべて吉田簑紫郎談。
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吉田簑紫郎さん、43歳。文楽の人形遣いである。
2018年7月、暑い中、インタビューに応じて頂いた。
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文楽の技芸員さんの6月は、大阪にある国立文楽劇場での文楽鑑賞教室、そして若手会、東京へ移動して若手会と多忙を極める。暑い大阪での7月の半ば過ぎから夏休み公演の稽古が始まる前までは、個々の仕事をこなしていく。
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本年は、7月8日に山口県立劇場ルネッサながとで、近松門左衛門が竹本義太夫の為に書き上げた「出世景清」の復曲通し上演が行われた。あの甚大な被害を出した集中豪雨の真っ只中である。移動、稽古の予定は大幅に変更されたが、開演15時間前に全員が奇跡的に揃い、上演が実現したという経緯があった。その「出世景清」からインタビューを始めた。
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「景清は滅多に上演しない演目で、僕自身も長い修行の中で数公演しか経験したことがありません。別のお芝居でも悪七兵衛景清という名前はときどき出てきます。どんな人物であったのかとても興味があっていろんな本を読んで調べました。文楽の上演では日向島の盲景清のイメージしか無かったのですが、今回の長門での公演で景清という人物がどんなものであったか、遣い手からもとても興味のある公演でもあり、僕自身勘十郎兄の景清の左を遣わせていただきながらとても楽しめました」
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「なんとか公演ができるように、とスタッフや関係者の方々はもちろん、演者としてもとにかく長門にたどり着けるように必死でした。最後の手段がフェリーでの移動、本土を離れて海に出たときはとても申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。みなさん災害に遭われたり、大変なことになっているなかを自分たちだけで脱出してる気持ちになって。お客様も長門までたどり着けなくて、公演も出来るのだろうかと。それどころではないのではと、複雑な思いでの船の移動でした」。
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大阪から門司港まで12時間の12時間フェリーでの移動。関門橋を奇跡的に通過し、公演前日の午前8時に劇場へ到着し、通し稽古を済ませ、翌日の公演も滞りなく終了した。
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出世景清 関連記事(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20180709/k00/00m/040/040000c
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その後、簑紫郎さんは、ベトナムの首都ハノイへ飛んだ。
「ハノイの公演は主にワークショップ的なもので、傾城反魂香の雅楽之介の注進の動きをまず観ていただいて、そのあと太夫、三味線、人形の説明、演目は「伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段」です。最後にお客様と交流とし、舞台と客席でお話をさせていただきました。90分にギュッと詰め込んだ、とてもシンプルな公演です。
ハノイは二度目でした。前回はハノイで有名な水上人形劇団の方々とお互いの人形劇を見せあっての公演でした。ディスカッションをしながらお互いの文化について客席のお客様を交えてお話をさせていただきました。
特に、文楽の三人で遣う人形芝居は特別なものみたいで、皆さんとても驚かれますね。あと太夫三味線の豪快さ繊細な音、文楽の物語性が豊かで奥が深い人形劇ということに驚かれます。文化や芸能に熱心なかたがたが多い印象を受けました」。
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アジア各国での交流活動
2013年6月。マレーシアのクアラルンプールで、文楽公演が行われた。渡航メンバーは、竹本千歳太夫、鶴澤燕三、桐竹勘十郎、他の皆さん。この国での公演について勘十郎師匠が自著の中で述べていらっしゃいますが、これほどエピソードの多かった公演は数少ない。それ以降、簑紫郎さんは毎年アジアの各地で、文楽普及を兼ね各国の人たちと交流活動をされるようになった。
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「おかげさまで、5年前のマレーシア公演がきっかけで毎年アジア公演をさせていただいております。以前から東南アジアの人形劇、ワヤンクリなどの影絵にすごく興味があったというのもあり、2013年のマレーシア公演はぼくの大きなターニングポイントの一つになりました。この頃からいろんなことに挑戦させていただく機会が増えました。
外(海外)に出て初めて気付くこと、素晴らしい人形劇が世界にはまだまだたくさんある、若い力で活気があってとてもいいものをたくさん観させていただきました。と同時に文楽ってやっぱり素晴らしいなぁ、恵まれているなと再確認しました。今アジアの人形劇は文楽を参考に三人遣いの形が増えてます。その国の人たち独自の動きが大変おもしろいです。伝統文化を絶やさないためにみなさんいろんな工夫をされてます。
日本で伝統芸能が今でも多くの人たちに愛されている、定期公演があること、どうすれば私たちもそうすることができるか、どこの国でもアドバイスとして一番聞かれますね。
素晴らしい伝統芸能も後継者がいなくて、私たちの代で終わりますという方たちともお話をさせていただきました。
外に出たことで、文楽もこれから二つ三つ先のことを考えなければいけないということも教えられたような気がします」。
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人形を動かす技術的な面で印象的な人形劇はありましたか?
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「それぞれ本当に独特な動きでおもしろいです。とくに印象に残ってるのはタイの人形劇フン・ラコーン・レック(Hun Lakhon Lek)ですね。三人で人形を操ります。文楽を真似てます、と堂々と言われました」。
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それは面白い! 真似ている、とは潔いですね(笑)
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「これがすごく洗練されていて、若い人たちのパワー溢れるエネルギッシュな舞台でした。現地のお客様も大変反応も良くて親しまれていました」。
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伝統を重んじるヨーロッパでは、ロンドン、ローマ、パリ等で公演をしました。ソデから、また会場後方から、お客様の反応を見ていると、文楽という芸術に対して真摯に対面しているという雰囲気がありますね。アジアでの印象はいかがですか?
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「ヨーロッパではオペラを観劇するような雰囲気だと感じます。それはとても嬉しいことで、感謝しています。アジアのお客様は、本当に人形劇を純粋に楽しんでいるという雰囲気ですね。そこに民族性の違いが感じられますね」。
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ツアーで印象に残る出来事
「ニューデリーでは、簑助師匠の孫弟子というDadi Pudummjeeというかたにお会いしました。ニューデリーで三人遣いの人形劇団のリーダーをされています。話はそれよりも遡り、40年以上前のこと。簑助師匠がストックホルムへ王立人形劇団のメシケさんというかたにギリシャ悲劇をするためのレクチャーに行かれました。三人遣いでするそうです。メシケさんは師匠とはそのときからの友人で今はほとんどパリに住まれてます。メシケさんはたしか師匠と同い年です。フランスの女優イレーヌ・ジャコブさんなど、俳優さんと人形劇との共演などもされています。
ニューデリーの公演時、メシケさんのお弟子さんであり簑助師匠の孫弟子にあたる、このDadiさんの劇団とディスカッションさせていただきました。40年後に孫弟子と弟子が出会い少し感動しましたね。この方は日本でも公演されてます」。
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文楽の修業と活動を続けられる簑紫郎さんですが、1975年5月2日大阪で生まれ、京都で育ち、1988年7月に13歳で吉田簑助師匠に入門、文楽の世界へ。1991年4月、吉田簑紫郎と名乗り大阪国立文楽劇場で初舞台を踏んでいます。
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「文楽の世界に入りましたのは、師匠に弟子入りをしたのが13歳なので今年で丸30年ですね。生まれは大阪で、3歳からずっと京都で育ってきました。
文楽とは、直接の出会いではありませんが、たまたまつけていたテレビですね。師匠が赤姫(本朝廿四孝の八重垣姫)を遣われていました。工作や絵を描くことが幼い頃から好きで、とにかく人形を生で観たい、仕組みが知りたいと興味が湧いて国立文楽劇場に行きました。小学三年生のときです。そして、人形の体験コーナーで、まだ小さかったぼくの腕を支えて後ろから一緒に人形を持ってくださったのが師匠の簑助なんです。それから文楽=簑助になりました。それで直接師匠に会っていただきました」。
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入門されて30年。企業でいえば課長、部長クラス。責任ある立ち位置になった。
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「今までいろんな役をさせていただきました。若手の公演では主役なども女形、立ち役問わずいろいろさせていただきました。そろそろベテランと言われるくらいにならないといけないんですけど。まだまだですね。
今一番危ない時期だと思います。いろんなことに挑戦させていただいて自己満足に陥ってしまう危ない時期です。もう一度基本を再確認しながら、今まで以上にもっと意識して舞台を努めていかないといけないと思っております」。
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余談ですが、故桂米朝師匠が落語のマクラで、「文楽では50代はまだ若手、怖い世界でっせ…」と話されていたのを何度か聞いたことがあります。太夫、三味線の修業には長い年月を必要とするが、三人で一体の人形を操る人形遣いも同様、一朝一夕にはいかない。足遣い10年、左遣い15年の修業を終えて、主遣いへとなっていく。私は仕事柄、簑紫郎さんをみていて、足遣いの期間が他の技芸員さんより長ったように、思いますが。
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「たしかに、ぼくは足遣いを21年遣りました。しかも役さえ無い公演が10年過ぎても少なくなかったです。20年過ぎても上手から下手に歩くだけの役なんて当たり前でした。正直このサイクルでは最後までがんばって続けてもダメだなと、辞める覚悟も何度もしました。今でもこのサイクルはなかなか変わらないので、この先も不安になることがあります。
しかし足を長くやったからこその経験値、貯金が今に生かされていることもたくさんあります。あると信じてます。
嫌でも舞台に張り付いていなければいけない環境。そのおかげでたくさん舞台の事を覚えました。人形だけでなく、太夫三味線も朝から晩まで聴いてました。耳は肥えてるはずです(笑) ここはもっとこうすればどうか、ああすればもっとこんな風になるんじゃないか、いつも頭の中で自分なりの工夫をして舞台に立っていました。大きな財産ですね」。
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その財産は、師匠や諸先輩方から学ばれたもの。そして、自分なりに昇華させていくわけですね。
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「師匠から学んだ事はもちろん数えきれないくらいたくさんあります。中でも大きな財産はいくつか。でもこれは口ではなかなか説明するのは難しいですし、他の人には教えたくないですね。秘密です(笑) なかなかわかっていても真似できない事ですが。
師匠のすごいところは、自分が足遣っていても左遣っていてもその役になりきれるんです。途中から師匠の足左を遣ってることを忘れるんです。「師匠のてったい(左遣い、足遣いを担当すること)はおもしろい」、と兄弟子も口癖のようによく言ってます。
師匠は立ち役も女形も一番だと思っています。今のお客様は女形の師匠しかご存知無い方がほとんどだと思いますが、立ち役もすごかったです。油地獄の与兵衛、沼津の十兵衛、吉田屋の伊左衛門、封印切りの忠兵衛、紙屋治兵衛、これからもずっと目指しているところです。
また、師匠の足を遣いながら相手役の先代玉男師匠の人形を間近で観れた、一番の特等席で何年も観てきました。どちらも遣いたいですが、立ち役が好きなのでとても良い経験をさせていただきました。そういう経験もあって立ち役が好きなのかもしれません」。
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若手会、鑑賞教室などでは、主遣い(三人で人形を遣う中心になる遣い手)をされてますが、本公演、最近は勘十郎師匠の左を遣う機会が増えてますね。
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「若手会ではどんどん難しい役に挑戦させていただいてます。これを一公演される師匠先輩方はすごいなぁと、なるほどこれは手放さないなぁって思います。こんなにおもしろい、気持ちいい役、そりゃずっと遣っていたいはずですね。主遣い以外のときは主に勘十郎兄の左を遣わせていただいてます。足遣いのときもたくさん遣わせていただきました」。
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文楽の魅力って。
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「文楽はまず物語を語る太夫、その横で演奏する三味線、またそれに合わせて舞台で人形を操ってお芝居をする人形遣い、この三つが一緒になって作り上げる舞台です。
文楽の魅力はいろんなところにあると思います。舞台の人形観るもよし、汗だくになって語っている太夫さんの表情を観るもよし、三味線弾きさんの指を目で追うもよし、たくさん観るところがあって忙しいです。同じ演目もリピートすれば違った発見がたくさんあります。ぼくも同じ演目を何度も演ってても今だに新しい発見があります。
やはり生のものなので大きな声では言えませんがNGもあります。太夫さんが本のページを間違えて、違うところを語られて舞台もドタバタになったり、人形遣いが突然舞台から消えたり。そんな思い出もお酒の席で後輩に伝えるのも伝統ですね。また素晴らしい、これからもっと観たかった聴きたかったけれど、早くに去っていった先輩の話もよくします」。
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吉田簑紫郎としてのこれから。
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「近い将来異分野での共演、自分の作品はいつか作りたいというのは常に頭の中にあります。必ずしも、違ったことをやったからとか派手なことをやって自己満足になるものではなく、考えて考え抜いた上でセンスのいいものを作れたらと思います。文楽以外で経験した、見たこと聞いたことの今までの集大成みたいなものをカタチに出来ればと思います。
積極的に現代アートの展示会に行ったり、またその友人ともよくそんな話をしています。
遣うのにまだ慣れていない後輩に左を遣ってもらったり、一緒に基本を思い出しつつ勉強して、いい舞台にしていきたいですね。主遣いをやるにはやはり後輩に早く左も上達してもらわないと困りますので」。
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人形浄瑠璃文楽のこれから。
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「やはり近い将来を危惧しています。今東京はお客様が減っているように思います。客席を見ればはっきりとわかります。こんなことをぼくの立場で言ってしまうと怖いですが、やはりここで何か変わらなければいけないという思いが強いです。生意気だと言われてもいい。やってみて、ほら見てみいや!って言われてもいい。もっと二つ三つ上のことに挑戦してガツガツしたいです。貪欲むき出しでやりたいです。変な謙虚さは持たないです。もう30年やってるので。一番怖いのは「ほら見てみいや!」さえなく時間が過ぎてしまうことですね。あのときもっとこんなことしておけば良かったという後悔がないように、生意気に突き進んでいきます!」。
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吉田簑紫郎さんが出演する、「ら文楽さろん4」12月4日(火)19時より、池上実相寺で開催します。
文楽の映像を交えてのお話、実演など、90分のノンストップトークです。どうぞ、ご期待ください。
詳細はこちらから↓
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2018年7月 聞き手)楽文楽運営委員会 藤澤 優