一歩踏み込んだ鑑賞

2013年1月10日更新

 

文楽と歌舞伎の同時解説放送・イヤホンガイド解説者、高木秀樹です。

これから上演頻度の高い作品を選び、「あらすじ」「観劇のポイント」、そのほか「お役に立つ情報」をご案内します。

 

 

犯人が誰かバラしたら面白くないじゃん・・・。これが推理小説のことなら、そんなことを言われてしまうでしょう。しかし文楽や歌舞伎、または能・狂言といった古典芸能は「ある程度、筋を頭に入れてから」鑑賞した方がいい場合があります。

文楽の多くの作品は江戸時代に作られました。ですから「当時の人には常識だったことでも、現代人にはチンプンカンプン」ということも多いのです。まったく筋の判らないものを観ながら、座席に長時間拘束されるのは苦痛以外の何物でもありません。

 

観劇の際、筋を追うだけでは面白くありません。落語だってそうじゃないですか。最後のオチまで知っていても、同じ作品を何度聴いても楽しめるもの。

つまり古典の鑑賞とは「単に筋を追うのではなく、それを演じる“芸”を味わうもの」だと思うのです。

 

簑助師匠のお初はこうだったけど、文雀師匠のお初だと、こうくるのかあ・・・。そんな“一歩踏み込んだ鑑賞”をして頂くため、皆さまにお役に立つ情報をお届けしたと思います。

 

 

* * * * * *

 

摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ) 時代物

合邦庵室の段(がっぽうあんじつのだん)

主な登場人物

 玉手(たまて)御前(ごぜん)  合邦の娘で大名の後妻。

 合邦(がっぽう)    玉手の父で清廉潔白な人物。

俊徳(しゅんとく)(まる)  大名の跡継ぎで玉手の継子。

 浅香(あさか)(ひめ)   俊徳丸の許婚。

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撮影:渡邉 肇

 

 

あらすじ

河内国の大名・高安(たかやす)()衛門(えもん)は腰元お(つじ)を後妻に迎え、名も玉手御前と改めさせた。その高安家でお家騒動が起き、跡継ぎの俊徳丸を、弟の次郎丸が亡き者にしようとする。そうした折、俊徳丸に次の不幸が…。後妻となった玉手が、あまり年の変わらない俊徳丸に、何と恋をしてしまったのだ。継母が継子を愛す、とんでもない大不倫!

 

俊徳丸は勿論、その恋を受け入れない。俊徳丸には浅香姫という許婚の女性がいた。玉手はある策を考える。俊徳丸に難病になる毒酒を飲ませ顔を醜くする。そうすれば浅香姫は愛想を尽かすハズ…。これで俊徳丸を一人占め出来るというものだった。

毒酒で難病になった俊徳丸は、その原因を知らず、醜い我が身を恥じて家を抜け出した。そして後から追いついた浅香姫と共に、玉手の父・合邦の家に匿われる。

玉手は俊徳丸の後を追い、実家の合邦庵室に来る。俊徳丸は浅香姫と家を抜け出そうとするが、玉手は「俊徳丸をどこにもやらない」と、恋敵の浅香姫を乱打する。嫉妬に狂った有様で「もう生かしてはおけぬ」と合邦は娘を刺す。苦しい息の下、玉手は意外な事実を明かす。

 

これはすべて俊徳丸を次郎丸から守るための手段で、まず毒酒を飲ませ館から避難させた。そして難病を治すには、私の肝臓の生き血が必要で、その血を採るため嫉妬の乱行を装い、わざと父に刺されたのだと。玉手の血を飲み俊徳丸の病は治る。その姿を目にした玉手は満足の想いで、この世を去る。

 

ここを観て・・・聴いて・・・

玉手御前が見せる嫉妬の乱行。「邪魔しやったら蹴殺す!」と叫び、浅香姫の髪を掴んで引きずり回す。さらに馬乗りになってビンタの嵐。スゴイ…、スゴ過ぎる。ところが、これは俊徳丸やお家を守ろうとした、玉手のお芝居だったことがわかる。ちょっと拍子抜けの感じもする、どんでん返しの展開。

 

玉手の本当の心は・・・

玉手は大変な貞女だったという結末で、そうした納め方は、いかにも江戸時代的。しかし本文には何も書かれていないが、玉手は、本当は俊徳丸を愛していたのではないだろうか。愛する俊徳丸を救うため喜んで我が身を捧げたのではないだろうか…。俊徳丸に寄り添う玉手を見ていると、思わずそんなことを想像してしまう。

 

蛇足

合邦ヶ辻(がっぽうがつじ)は実在する。そもそも合邦とは合法と書き、仏法を論じた場所とも。その合邦を父の名前とし、娘お辻とも合わせ「合邦ヶ辻」という閻魔堂になったと物語は結んでいる。玉手御前の玉手も周辺の泉の名で、それらを絡めて作品に仕上げた。これだけの物語を“でっち上げる”昔の作者の腕は本当に大したもの。

 

(了)

 

 

今後は定期的にアップして参ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 


なまえ
高木 秀樹   たかぎ・ひでき
文楽研究家。
文楽、歌舞伎の同時解説放送、イヤホンガイド解説者。
日本舞踊や歌舞伎公演などの制作にも携わる。NHK教育テレビ「文楽鑑賞入門」講師。歌舞伎・文楽の劇場中継、副音声解説担当。

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