六世鶴澤燕三師匠に聞く床コン

2017年7月19日更新

 

2013 年12 月に第一回の床だけコンサート(床コン)が行われ、その後、燕三師匠のご病気もあり9月19 日(火)に4 年ぶりの開催が決まりました。
前回公演では、お客様に、「太夫と三味線だけの文楽の音楽が純粋に楽しめた」「文楽の音楽は素浄瑠璃の会のイメージしかなかったのに浄瑠璃に新しい魅力を感じた」等ご意見をたくさん頂戴いたしました。
そこで今回の「床コン」について鶴澤燕三師匠にお話をお伺いしました。

(編集部 聞き手→以下●)
●2回目を迎えた「床だけコンサート」とはどんな公演でしょうか


(燕三師匠)
こんにちは。どうぞ宜しくお願い致します。
第一回目の公演の翌年、私ごとですが、病気で入院、その年の夏公演(大阪)を休演するという事態になりました。「床だけコンサート」は暫く毎年やって行きましょう、という話でしたが、復帰を果たしても、本公演以外は到底やれそうな気がしておりませんでしたので、私抜きでどんどんやって下さい、と申し上げたのですが、色々な事情から立ち消えとなっておりました。
で、私の本公演復帰から三年、そろそろ「床コン」やりませんか?の問いかけに乗らせて頂いた、様な次第です。
人形さんの出演しない、太夫三味線だけの公演は、素浄瑠璃以外では余り例が無かった様に思います。
言うまでも無く、床とは、文楽の舞台上手に有る太夫台の事です。その床に上がるのは、
太夫三味線だけに限られる事から、「床だけコンサート」、になった訳です。


●前半の聴きどころなど教えてください


(燕三師匠)
1.序章
オープニングとして、ここは三味線のみの構成にさせて頂きました。前回もそうでしたが。
新規作曲は極力行わず、文楽に昔からある旋律をお聞き頂きたいと思っております。
2.出演者トーク
前回同様にフリートークで上下関係なしに何でも語って貰おう、というものです。
前回は爆笑の嵐になりました。今回もご期待下さい(笑)
3.今昔時移流(いまはむかし うつりゆくとき)
こちらは太夫三味線によるオムニバスイメージ、という感じで、皆さんが一度ならずお聞きになった事の有る曲をなるべく効果的に並べてみました。テーマは、時の流れ、ですか。


●さて、後半の聴きどころ、素浄瑠璃に「阿古屋琴責の段」をお選びになられた理由をお聞かせください。


(燕三師匠)
阿古屋は、まだ道頓堀朝日座で文楽を上演していた頃、胡弓だけ弾かせて頂きました。勿論シンはうちの師匠(五世鶴澤燕三)でしたが、お琴と三味線は弾かせて貰えませんでした。いずれは三曲全て勤めたいと思っていました所、新しく国立文楽劇場になってから、突然その機会が巡って参りました。が、たまたま結婚と重なってしまい、妻(杉江みどりです)にはかなり迷惑をかけてしまったのですが、二芝居続けて勤めさせて頂いた事は、その稽古と共に私にとってかけがえのない体験になりました。
この時の師匠の音色は今も耳に焼き付いています。ぜひ今度は阿古屋の三味線を、師匠の真似事でも出来たら、と思いながら、本公演ではまずこの役は付かないだろうと、また、病気もいつ再発するやらわかりませんし、ここは恥かしながら、「床だけコンサート」の素浄瑠璃で一日だけやらせて頂こう、と、ちょっと厚かましい話ですが、思った次第です。
今回のメンバーに、三曲経験者が何人もおります中で、弟子の燕二郎に三曲をさせるのも、私の経験を、私がまだ何とか元気な間に伝えておきたかったからです。


●お弟子さん思いのお師匠さんですね。ぜひ、聴かせて頂きます。さて逆櫓で六世を襲名され10 年が過ぎました。振り返ってみて、先代への思いや、お弟子さんを取られて思うことなど、お話を聞かせて頂けますでしょうか


(燕三師匠)
まさか自分が師匠の名跡の燕三を襲名させて頂けるとは全く思っていませんでした。住太夫師匠から、「どや、燕三継ぐ気ないか?」と声をかけられたのが始まりでした。びっくり致しましたが、私より、おかみさんが舞い上がって喜んで頂いたのが忘れられません。
襲名披露狂言を何にするか、と考えた時に、師匠が舞台で倒れた時に演奏していました、「ひらかな盛衰記松右衛門内の段(逆櫓)」が、師匠のリベンジという訳ではありませんが、頭に浮かび、住太夫師匠、咲太夫兄さんの了承も得まして決めさせて頂いた次第です。
高校を卒業して研修生になり、弟子入りしてからの年月を数えると、海外赴任で日本を離れていた両親よりも長く一緒に暮らしていましたので、師匠とは言いながら、第二の親のような感じもしていましたね。勿論一線を越えたりはしませんでしたが(笑)
弟子の燕二郎は、国立劇場の養成課から打診をされた時、妻に、前名の燕二郎を譲っても良いと思う子なら弟子にとれば?と言われ決めました。この時も、おかみさんの喜び様が忘れられません。弟子入りして間もなく師匠(私)が脳梗塞!みたいな目に合わせてしまってますが、私の新弟子時代を考えても、良く出来た子だと思っています(笑)


●文楽三味線の魅力を教えて下さい


(燕三師匠)
一丁で色々と表現し、ドラマを構築させて行ける所、ですね。音域も広いですし、様々な音色も出せますし、その分扱いには気を使いますが、本当に奥の深い楽器だと思います。


●ご病気から復帰され、体調面でのお気遣いは多いかと存じます。体調はいかがでしょうか


(燕三師匠)
ありがとうございます。お陰様で今は別状無く舞台も出させて頂いております。
入院中に教えて頂いたリハビリ体操は、退院後一日も欠かさずやっています。退院当初、10回ずつが限界だったその体操も、今ではかなりの数をこなせる様になりました。退院後半年過ぎた頃、右手にむじむじと感じていた痺れが取れ始め、今現在は全く感じなくなっております。
この病気は、処置の早さも大事ですが、その後、諦めずにリハビリを続けるのもとても大事です。これは身をもって感じている事ですね。


●ありがとうございました。これからの益々のご活躍をお祈り申し上げます。
編集者 自嘲気味に、ときおり照れながらお話しする燕三師匠の表情が、病気を乗り越えられ、現役で活躍している今と昔が重なり、とても印象的でした。9 月19 日、久しぶりに開催する「床だけコンサート」へ是非お越しください。皆様をお待ちしております。


六世鶴澤燕三
昭和52 年、国立劇場文楽第4 期研修生となる。
同54 年、五世鶴澤燕三に入門、鶴澤燕二郎と名乗り、大阪朝日座で初舞台。
平成18 年、「ひらかな盛衰記~松右衛門内より逆櫓の段~」で六世鶴澤燕三を襲名。
[受賞歴]昭和61 年・国立劇場文楽賞奨励賞 同62 年・大阪文化祭賞奨励賞
平成12 年・大阪舞台芸術賞奨励賞 同25 年・日本芸術院賞など。


「床だけコンサート」詳細はこちら

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2013年 第一回床だけコンサート

 




技芸員インタビュー
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