鶴澤寛太郎

2016年5月10日更新

 

「鶴澤寛太郎の会」

「寛の会」主催と鶴澤寛太郎インタビューs_P2210015

 

文楽三味線弾きの中にあって若手も若手、29歳の青年が自分の名前の会をするというのはかなり異例な事ではないでしょうか? ご存知かと思いますが、鶴澤寛太郎さんの師匠は人間国宝の七代目鶴澤寛治師匠、彼の祖父でもあります。この会を主催する「寛の会」とは寛治師匠の寛であり、また寛太郎さんの寛でもあるそうです。 内容は素浄瑠璃「絵本太功記」尼ケ崎の段、語る太夫はやはり若手中の若手、竹本小住太夫さん。彼の師匠は一昨年惜しまれて引退された人間国宝七代目竹本住太夫です。住太夫師匠は大正13年、寛治師匠は昭和3年生まれ、まだお元気と言いながらも世間的にはご高齢、両師匠にとって自分の弟子達の会、さぞかし大いなる期待と心配をされていらっしゃるのではと拝察します。 若手の中でも寛太郎さんは独特のポジションにいる気がします。文楽の将来を考える時、とても考えさせられる事を教えて下さいます。今後も仲良くしていきたい技芸員のお1人です。このエポックともいえる公演に行きませんか? 公演に先駆けて寛太郎さんに話を伺いましたので、どうぞご一読ください。

質問は楽文楽編集長 渡辺幸裕です。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

(Q) この会の狙いは何ですか?
(A) 師匠に大きな演目をキッチリ稽古してもらう機会を作りたかったのと、自分が20代のうちに、会の運営も含めた芸以外のものの仕組みを知りたいこともあります。それと最近めっきり減った若手主催の会を復活させたいという意図もあります。 ただ従来のようなスタイルの会ではなく、きっちり宣伝をし、普段の国立劇場以外でアクセスの良い適切なホールで開催することに留意しました。若手が主催するとは言え、手造りに寄り過ぎず、必要なお金は使い、見せ方にもこだわりたいと思って準備しています。

(Q) 実現への経緯を教えて頂けますか?
(A) 数年前からやりたいやりたいと思って計画していましたが、なんやかやでなかなか進ま無かったのですが、20代最後の年になってしまいました。そんな中若干の焦りもありましたが、えいや!と見切り発車したことで実現に繋がりました。

 

 

s_P2210048

 

 

 

(Q) 師匠はこの会についてどうお話をされていらっしゃいますか?
(A) 勉強の場であるなら積極的にやりなさいと、好意的に捉えて戴いていると思っています。

(Q) どんなお客に来て頂き、何を感じて欲しいと思っていらっしゃいます?
(A) 昔から文楽をご覧いただいている方、僕個人を応援してくださっている方に成長した姿を見ていただきたいです。またどう言う意識で取り組んでいるかも理解していただきたいと思っています。

(Q) 今回の演目「絵本太功記」についてお聞かせ下さい。まずどんな作品ですか?
(A) 豊臣秀吉を主人公とした出世物ですが、大部分は主眼を明智光秀に置いた作品です。特に今回上演する「尼ヶ崎の段」ではただの逆賊ではなく自分自身の正義を貫くため苦悩する悲劇的な主人公として描かれています。

(Q) なぜこの作品を選んだのですか?
(A) 義太夫節の基本が詰まっていると言われていながらあまりにも大きい演目であり、若手の立場で挑戦するには最良の演目だと思ったためです。

(Q) 何に注意して、また何を心がけて弾きますか?
(A) 登場人物全員の複雑な心の模様を表現する事、特に前半部分の間の大きさが大切です。「大将の間」と言われる幅を出すことに留意して弾きたいと思います。

(Q) 聞きどころはどこですか?
(A) 師匠に稽古してもらうので、数カ所ある“彦六の弾き方”、手で演奏する部分ですね。注目してください。

(Q) 太棹三味線ならではの魅力ある部分はどこです?
(A) 前半の大きな間、ゆったりと進む懐の深さは文楽三味線ならではですし、一転して後半の激しい心情描写の箇所もまた別の魅力があると思います。

 

大阪での公演期間中という多忙な期間でしたのに、本当に丁寧なお答えを頂戴しました。ここにも寛太郎さんらしい律義さと素晴らしさがあります。 なお、それ以外の事も沢山聞いていますので、来月以降、寛太郎インタビューとして続編を掲載していきたいと思います。ご期待下さい。

 

※楽文楽では会員の皆様に「寛の会」予約のご案内を別途致します。
鶴澤寛太郎さんプロフィール
文楽三味線奏者 1987年奈良生まれ。人形浄瑠璃文楽座 三味線部 技芸員。1999年に祖父である7代鶴澤寛治(人間国宝)に入門、寛太郎と名のり、2001年1月国立文楽劇場で初舞台。 2009・2011・2014・2015年文楽協会賞、2012年十三夜会賞 奨励賞、文楽劇場奨励賞受賞。http://tsuruzawakantaro.com/

鶴澤寛太郎の会 平成28年8月12日

 

 

会、終了後のインタビュー

 

寛太郎の会 (6)

(C)写真 渡邉 肇

+

++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

「寛太郎の会」を終えた直後の寛太郎さんにお話を伺いました。事前のインタビューと読み比べて頂くととても面白いと思います。

(Q)「寛太郎の会」を終えた直後の心境は如何ですか?
(A)とにかくホッとしたのが第一です。本番までも大きなトラブルがなく、舞台の上でも、演奏に支障をきたすようなトラブルがなかったことに何より安堵しています。

(Q)師匠からはどのようなご評価でしたか?
(A)細かい点は何点か仰っていただきましたが、総括としては、「ひとまず成功ではないか。何よりあれだけのお客様が集まって下さったことが素晴らしい。」と仰っていただきました。

(Q)お客様の反響や反応はいかがでしたか?
(A)終演後のロビーでは、もちろん僕本人がいますから悪いことはどなたもおっしゃいません。個人的に連絡を取り合っている方達も決して悪くは言いませんので、正直な感想はわかりません。逆に教えて下さい。

(Q)ご自身での評価はどうでしょうか?
(A)まずまず、といったところでしょうか。運営や始動のタイミングは良かったと思います。それとチケット販売ですが、予想以上に出足が早くこれは嬉しい誤算で慌てました。
それと直前の公演があまりに忙しくて稽古時間が充分でなかった、もう少し欲しかった、というのが正直なところです。ただこればかりはこちらで計算できませんので、
次回はもっと早くから稽古にかからないといけないかもしれません。

(Q)次に活かす為に参考になった発見はありましたか?
(A)何もかもが参考になりました。そもそも演奏会を作り上げる過程も含め、舞台以外の事も勉強したいというのが目的の一つでしたので、この一回の経験は非常に大
きく、今後の一つの形となるものでした。

(Q)次回はどんな事を考えていますか?
(A)演目はまだ考えていません。ただ1人でやっている以上、日程的なことや予算も含め、今回の形を大きく変えるつもりはありませんし、できないと思っています。

(Q)今後10年、20年の文楽三味線を考え、今回のような取り組みはどう展開していったら良いと思われますか?
(A)僕以外の若手も自主的に公演を打つ一つのきっかけになれば良いと思います。宣伝、広告、劇場立地、などを含め、舞台上のこと以外も考えた自主公演が増えるこ
と、またそれを個人で成立させることが可能であることの一つの見本になれば嬉しいです。但し安易な焼き直しや「とりあえず」の感じが強いもので無く、今回の僕の会
以上のものが増えていくことを願います。

(Q)お客様に望みたい事はありますか?
(A)素直な反応が頂ければ嬉しいです。良い時も悪い時も、素直に反応していただき、その上で応援してやろうと思っていただければ是非またご来場ください。僕達の
考えや取り組みの本質、自分の視線の先を理解し、応援してくださる方はとても有難いです。

(Q)お客は何をしたら良いのでしょうか?
(A)より沢山の、文楽の、僕のファンを周りに増やして頂ければとても嬉しいです。ぜひお仲間を連れて来て下さい。そして辛口のご評価も含め文楽を愛してください。

(Q)ところで「彦六」の三味線とはどんな特徴ですか?素人でも分かる部分はありますか?
(A)所謂「文楽系」と言われるものより、音色の中に情感を込め、三味線が太夫と共に物語るのが特徴。現在は「彦六系」「文楽系」と混ざってきており、ハッキリと区
別することは難しいかもしれません。手数の違う曲もあります。もちろん「絵本太功記 尼ヶ崎の段」にもあります。

(Q)今度機会があれば弾き分けて頂けますか?
(A)文楽系の弾き方があまりわからないので、弾きわける自信はありませんが相談させてください。

(Q)舞台でお話ししたかったけれど、時間が無いと、忘れてしまって言えなかった事、これは言いたいことはありますか?
(A)思っていたことは言えたのであまり無いのですが、もしこれからも2回目、3回目以降も続けることができたら、応援してほしいです。また「若手」というフィルター
をかけず、文楽の三味線弾きとしての出来・不出来を評価して頂きたいです。

(インタビューを終えて)
実は前回インタビューで聞いていたお話がもっとあり、何回かに分けて掲載と思っていましたが、券売絶好調でリニューアルのタイミングを失ってしまい、この「寛太郎
の会」直後のインタビューになりました。
寛太郎さんらしい表現が言葉の端々にありますが、これからの文楽界を考える時、彼の存在、ポジションはとても貴重です。必ずや次代の文楽を引っ張っていく強力な
エンジンの一つでしょう。
我々観客も客なりの立場で何をしたら応援になるのか、迷惑をかけないかを考えるべきです。文楽は時間が経っているから伝統芸能と言われていますが、元来は大衆芸能です。客それぞれが楽しみ方を見つけ、人生に潤いを持てればと思います。
今後も寛太郎さんはじめ、次世代を担う技芸員の方と共に、文楽に益々触れたくなる企画を考えて提案していきます。 渡辺幸裕(楽文楽編集長

 

 

寛太郎の会 (10)

寛太郎の会 (2)

 

 

 

 

 

 

 




技芸員インタビュー
六世鶴澤燕三師匠に聞く床コン
2013年12月に第一回の床だけコンサート(床コン)が行われ、その後、燕三師匠のご病気もあり9月19日(火)に4年ぶりの開催が決...

続きを読む

犬丸治のコラム
新・玉男襲名に寄せて
吉田玉女が、まさに「満を持して」師の名跡「吉田玉男」の二代目を襲名する。玉女から玉男へ。師が「早く男になるように」とつけた芸名の...

続きを読む

高木秀樹の耳より文楽
玉藻前曦袂
玉藻前曦袂(たまものまえ・あさひのたもと)この物語は全五段の構成で、まず天竺・インドから始まり、そして次が唐土・中国、さらに舞台...

続きを読む

公演案内

公演案内一覧へ

イベント案内

イベント案内一覧へ

  • 観る 文楽を観劇できる会場へのご案内
  • 学ぶ 文楽に関連する他のサイトのご案内
PR

PR

PR