二代目 吉田玉男

2015年12月21日更新

 

 

師匠の良さと、自分らしさを生かした二代目吉田玉男をめざす

 

 

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初代が築いた名跡を継ぎ、吉田玉女改め二代目吉田玉男として活躍されている人形遣い吉田玉男さんに本公演中のお忙しいなかお話をうかがいました。

 

二代目吉田玉男さん、昭和28年生まれ。昭和43年初代吉田玉男(1919~2006年)に入門し、吉田玉女と名乗る。初代同様に二代目玉男さんも文楽とは無縁の家庭で育ち、この世界に入った。そのきっかけは、道頓堀の朝日座。「絵本太功記」の通しの上演に際し人形遣いの人手が足りず、近所に住んでいた人形遣いの吉田玉昇さんに誘われ、アルバイトで雑用係と人形の足遣いをすることになったという。

昭和44年「菅原伝授手習鑑」の菅秀才で初舞台。立役として師匠の当たり役の多くを引き継ぐ。平成25年度日本芸術院賞など受賞歴多数。師匠譲りのダイナミックでありながら繊細な演技が魅力。

 

 

(楽文楽 以下・)

平成27年4月の大阪、5月の東京と襲名披露公演を終え半年が過ぎましたが、吉田玉男という名前に馴染まれましたか。

 

玉男)先代吉田玉男が亡くなり10年を待たずして、師匠が一代で築いた名前を弟子の私が名乗らせていただける幸せと、その責任も重さを肌身に感じています。
入門したときは子どもでしたし師匠の名前を継ぐなんてことは考えもしませんでした。師匠もお前が継げよ、ということは一切言葉にはしませんでした。しかし師匠が晩年、体力的に弱ってこられた頃から名前を継ぐことを意識し始めました。「早く男になれよ」つまりは早く一人前になれよと先代が付けてくださった玉女にも愛着があります。それは人形遣いとして修行を始め、小さな役が付き、師匠の得意とする大役を演じることができるようになった自身の軌跡としてのもの。吉田玉男という名を受け継ぐとともに、初代の芸を継承し、さらに次ぎに伝えてゆくことが使命だと思っています。

 

●12歳から弟子に入り師匠の側にいらしたなかで、印象深い姿はありますか?

 

玉男)とにかく研究熱心なところです。どんな役でも役の性根をつかむために時間があれば煙草を片手に床本を読む姿を思い出します。

理屈に合わないことをするな、床本にそった役をつくれとよく言われました。
床本をいつも手放さず読み込み、師匠の様に品格のある芸を目指していきたいですね。

師匠が文楽の世界に入ったのは、近所に暮らす技芸員さんに一度遊びにこないかと誘われたのがきっかけ。私も近所の技芸員さんに人手が足りないからと手伝いにいったのがきっかけでした。文楽は世襲制度ではないので自分の努力次第で上をめざすことができます。しかし入門してからが厳しい、私も何度となく辞めようと思ったことはありました。そんなとき、師匠が親父代わりの様に接してくれました。私は父を早くに亡くしているため、本当にそれがありがたかった。本当の親子よりも一緒にいる時間が長かったので、師匠の側で芸の神髄を見せて学ばせてもらえたことは本当に幸せでした。

 

●先代が遣った役の中で、これはめざしたいというものはありますか。

 

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玉男)そうですね、師匠は30代の頃には、野崎村のお染や忠臣蔵のお石とかを遣っていました。私は女形の修行をしていないので、立方一本でいろいろな役に挑戦したいですね。師匠をめざしたい役は沢山ありますが、昨年遣わせていただいた菅原伝授手習鑑の菅丞相。仮名手本忠臣蔵の大石由良之助もとても強く記憶にとどまっています。とくに菅丞相は立ち姿やちょっとした動きのみで強い思いを表現しなくてはならず、その難しさは自分が遣ってこそわかりますね。
師匠は菅丞相をはじめ品格、気品のある役がとても上手でした。

 

時代物では大将役が多い師匠でしたが、皆様よくご存じのように「曽根崎心中」の徳兵衛を代表とする近松の世話物は自分の台詞ではないときでも、相手に対する想いを体の動きで表現していました。これを相手に悟られないように演じるのが難しい。心の芯を表現するというのでしょうか、私もそこをめざしたい。

●つねに師匠が目標ですね。

 

玉男)はい。諸先輩方の舞台も勉強させていただいていますが、やはり先代に入門し、48年掛けて女から男になったばかり、これからです。

 

●文楽の道に入られて48年。人形遣いになって良かったと思われることは何でしょう。

 

玉男)良かったこと、それは一生人形遣いでいられることですね。

一般の方ですと60歳、還暦で定年を迎え、新たな人生を模索しなくてはいけません。しかし文楽は実力の世界、努力を続けることで芸を探求できる。生まれ変わっても人形遣いになりたいですね。
私はこれからの20年、これまでと変わらず、師匠の名前の大きさを継いだ者の責任としてさらに芸の神髄をめざし、吉田玉男の名前を自分のものにしたいと思います。

 

●襲名の準備から襲名公演までの期間に思い出深いことはありましたか。

 

玉男)やはり襲名披露公演の口上の舞台で19名の方々に並んでいただいたことですね。

本当にありがたく、感謝しています。

また、今回の襲名にあたっては、国立文楽劇場をはじめ文楽協会にも支えていただきましたが、宗右衛門町の振興会の方々が通りに襲名披露公演のフラッグを出してくださったり、また他の大阪の商店主の方々も襲名公演を成功させようとたくさん力を貸してくださったのがとても嬉しかったですね。「文楽は大阪の町人文化、商人文化から生まれた芸。文楽は大阪が世界に誇れる文化だから応援したい」と皆様が言ってくださったことに感動しました。

 

●大阪の粋ですね。

 

玉男)襲名ではひと公演に何度も足を運んでくださる方。親子二代に渡って応援してくださる方。純粋な思いで文楽を応援してくださる方々と、本当に熱心なお客様が文楽の底支えをしてくださっていることをさらに実感しました。

 

●舞台で人形を遣われていてもお客様の反応はよく見えますか。

 

玉男)大阪と東京とでは小屋の大きさも違いますが、私は目がいいのでよくみえますよ(笑)お客様の視線が私の人形に集中しているという意識を持ち、気持ちを入れて人形を遣っています。

 

●お客様ののりが良く、今日はとてもいい舞台だったということはありますか。

 

玉男)あります。毎日とはいきませんが、ひと公演に何回かはありますね。

大夫の語りが上手だと、人形も良く見えます。そうするとお客様の気持ちも前のめりになってくるのが感じ取ることができますね。

大夫の語りと人形がぴたっと合ったときの気持ち安さはなんともいえません。

しかし、上手く合わないということも多いので、反省している日の方が多いですが。

 

●襲名後の、9月東京公演、11月大阪公演、吉田玉男としてのお気持ちはいかがでしたか。

 

玉男)7月以降の公演では、「玉女改め玉男」ではなく、自身が吉田玉男という名前で配役表に記載されているのを見まして襲名披露公演よりも緊張しました。

 

妹背山の求馬は師匠が大切にされていた役でした。私も足と左遣いでご一緒していますので師匠の求馬を吸収できていると思います。今後は、求馬の色気を自分らしく出せるのかが課題です。

先代が亡くなって9年、まだまだ、師匠をご存じの方も多くいらっしゃいます。

名前を継いだものの定めかもしれませんが、やはり師匠の大きさを益々感じる昨今です。まだまだ精進させていただきますので、気を長く見守っていただきたいと思います。

 

●先代を目標としているとお話されていましたが、めざしながらも現、吉田玉男らしさを皆さん楽しみにされていると思います。もちろん、私もですが。
玉男)ありがとうございます。

来年は東京の国立劇場が50周年を迎えます。また、大きな役が掛かります。

師匠が私の歳の頃はバリバリでしたからね。

師匠の良いところと、自分らしさも取り入れ、その工夫が合わさる面白さをめざします。二代目玉男としてひと皮むけて頑張りますのでどうぞ皆様、文楽を見に来てください。

よろしくお願いいたします。
●本日はお忙しいなか、貴重なお時間をとっていただきありがとうございました。

今後、益々のご活躍を楽しみにしております。

(インタビュー 松本希子)

(写真 渡邉 肇)

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渡邉 肇 / フォトグラファー 1964年生まれ、神戸市出身。商業写真を中心に活動中。2009年から文楽の撮影を開始。人間浄瑠璃をテーマに文楽にまつわる映写展、写真展を開催している。

 




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