「伊賀越道中双六」の魅力 「岡崎」を中心に⑥

2013年11月19日更新

 

2013年9月22日 犬丸治FBより転載。

国立小劇場・文楽「伊賀越道中双六」第八「岡崎」は「切」へ。豊竹嶋大夫・豊澤富助。
義太夫節について、さらに深く知りたいという方には必読なのが杉山其日庵(=そのひあん)「浄瑠璃素人講釈・上下」(岩波文庫)です。
其日庵杉山茂丸は、「右翼の巨魁」「政界フィクサー」「『ドグラ・マグラ』の夢野久作の父」という以外に、自らも稽古した大変な人形浄瑠璃愛好家で、その過程で当時の名人・竹本摂津大掾らから聴いた芸談を惜しげもなくこの本で披露しているのです。
この下巻に「岡崎」について触れていて「歴代の芸人が丹精を凝らす品物故、生半可な天狗様の歯の立つものではない」と、その難しさを細かく指摘しています。

以下は「素人講釈」以外の芸談も含め、「岡崎」について引きます。
冒頭「引き立て入りにける。すでにその夜もしんしんと、遠山寺に告げ渡る、はや九つのかねてより、内の案内は知つたる眼八…」と眼八が舞台中央のつづらに忍び込むくだり。昨日から早大・演劇博物館で回顧展がはじまった近代文楽の名人・豊竹山城少掾(二代目豊竹古靭太夫)は、その芸談で「遠山アアア寺」で「凍てるような鐘の音が雪の夜の静寂に消えて行く感じを現わすつもりで」語ると言っていますが、CDで彼の「岡崎」を聴いても実際そうです

このあと政右衛門の登場になりますが「心も関の忍び道、のがれて急ぐ跡よりも」の「ノ、ガ、レ、テ」で雪の道をザクザク踏みしめる足取りを示します。
政右衛門は、刀の大小を雪中に埋めて隠します。
このあと、政右衛門と、あとを追ってきた捕手との立ち回りとなりますが、ちゃんと大夫は政右衛門と、捕手A、B、Cの動作を区別して語っているのです。

この手練を、主の幸兵衛がジッと見ていて、なぜか役人に「この男は丸腰。関所破りではない」とかばい、捕手たちを去らせます。何しろ関所の下役人である幸兵衛が保証するのですから。

「影見送つて政右衛門、『ハヽア、危き場所を逃れしも全く貴公の御厚志ゆえ。ガ御礼は重ねて。心も急けば失礼ながらお暇申す』と立ち上るを『暫し』と留め、『昨今なれど折入つてお尋ね申す子細もあれば、見苦しけれど拙者が宅へ、暫時ながら』と老人の、詞に是非なく政右衛門、『しからば、御免』と打ち通れば」。

この時、政右衛門は「この老人、何で見ず知らずの自分を庇うのだろう。それより敵股五郎のあとを追わねば」とあせっていますから、幸兵衛のコトバの間、下手の老人を「引き目」でじっと窺っています。人形遣い(政右衛門・玉女、幸兵衛・勘十郎)にもハラが要ります。
この「しからば、御免」の一言は、警戒しつつも政右衛門の人品骨柄がにじみ出るところで、やかましく言われています。
かつての名人は、この「しからば、御免」の一言で満場の観客をうならせた、といいます。


なまえ
犬丸 治   いぬまる・おさむ
演劇評論家
 1959年東京生れ。慶應義塾経済学部卒。
「テアトロ」「読売新聞」に歌舞伎評掲載。歌舞伎学会運営委員。著書「市川海老蔵」「歌舞伎と天皇 『菅原伝授手習鑑』精読」(いずれも岩波現代文庫)ほか。


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