「熊谷陣屋」・ことばの含蓄

2013年5月13日更新

 

d60207f151591c2909333a7e1778ea3211日から、五月文楽公演の初日があきます。第一部は 「一谷嫩軍記」ですね。

期せずして、先月歌舞伎座杮落しの「熊谷陣屋」との競演になります。

歌舞伎では「陣屋」だけですが、文楽では前段「熊谷桜の段」をつけるので、相模と藤の方の十六年にわたる因縁や、梶原と弥陀六がなぜ陣屋にいるかがわかります。

それを踏まえて「陣屋」を観ると、「相模は障子押開き、日も早西に傾きしに夫の帰りの遅さよと」という文句ひとつでも、大夫が、敦盛を討ったのが熊谷であり、藤の方から助太刀せよ、といわれている相模の苦悩をじっくり語っていることがわかります。

熊谷とすれば、義経の意思を忖度して、敦盛の代わりに我が子小次郎の首を主君に差し出すだけです。そこに、あろうことか、相模が遠国からやってくる。しかも梶原が奥に来ているという。

「ムウ詮議とは何事ならん」という熊谷のつぶやきには、とにかく軍次をつかって奥の梶原を牽制させよう、というハラがあるのです。

さらに、藤の方まで現れて、「熊谷やらぬ」。二重三重のカセが熊谷にかかっていきます。

ですから、熊谷の「物語」は、表面的には組討で敦盛を討ち取った情景描写ですが、熊谷が我が子小次郎を討ったという悲痛な体験を敦盛によそえて改めて再現し、なおかつ第一に奥の梶原を、そして周囲の女性たちをあざむかねばならない、という複雑なシチュエーションなのです。

それは大夫のみならず、三味線・人形ともに同じです。初代吉田栄三が「心にかかるは母人の御事」で引き目で相模を見たなど究極の心理描写。

文楽は、浄瑠璃という精緻な戯曲と先人たちの工夫で成り立っています。


なまえ
犬丸 治   いぬまる・おさむ
演劇評論家
 1959年東京生れ。慶應義塾経済学部卒。
「テアトロ」「読売新聞」に歌舞伎評掲載。歌舞伎学会運営委員。著書「市川海老蔵」「歌舞伎と天皇 『菅原伝授手習鑑』精読」(いずれも岩波現代文庫)ほか。


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