「妹背山・四段目」の教え

2013年2月17日更新

 

今月の国立小劇場・文楽第三部の「妹背山四段目・金殿」は、来月の新橋演舞場・昼に菊之助のお三輪、松緑の鱶七実は金輪五郎で上演されるので、両者比較するのも一興かと思います。

 

この「金殿」については、文楽では一つ話として、貴重な芸談が伝えられています。

書き残したのは杉山茂丸(号・其日庵 1864~1935)。「ドグラ・マグラ」の著者夢野久作の父親です。

杉山は、一般には玄洋社系の右翼・政界フィクサーとして知られていますが、大の義太夫通で「浄瑠璃素人講釈」(岩波文庫に上下二巻で入っています)を著しています。

 

その中の挿話。明治大正の名人・竹本摂津大掾(二代目越路大夫 1836~1917)が「金殿」で金輪五郎がお三輪を刺す「たぶさつかんで氷の刃、脇腹グツト…差通せば」と語るのを、これまた後輩で名人の三代目竹本大隅大夫(1854~1913)が「ハハア、師匠ももう歳や、金輪五郎の刃が錆びてきているわい」と言った。

 

それを聞いた大掾が大隅を自宅に呼んでいわく

「お前は五代目竹本春大夫師匠の四段目をよう聴いていなかったろうから、これは師匠に代わって話すのだ。妹背山金殿は、春大夫代々のお家物で、一字一句油断が出来ぬ浄瑠璃だ。

金輪五郎は鎌足公第一の忠臣、忠義と慈悲の涙が心に満ちた人。その人がお三輪を刺すのは憎いのじゃのうて、あくまで謀反人入鹿を滅ぼすてだてだ。

その人がグゥッーと刺し通すのは、只のグウットじゃない。師匠にここは「イカンイカン」といわれて途方に暮れたものや。

師匠がここを語るときは、目が血走っていて、「脇腹ァ…ラ、グウ…と」に何ともいわれぬ「間」がある。

そこで春大夫師匠のお酒の燗をするとき「お師匠はん、金輪五郎が刃をお三輪に突っ込むときは、可哀想になあと思って突っ込んだらようおますか」と言うと、師匠が「少しは四段目がわかってきたな。あの時はハラの中で気の毒じゃが死んでくれ、と言うのじゃ。「グウッ…」という前には南無阿弥陀仏と唱える「間」があるのじゃぞ、と。大隅、お前もやがて弟子に教えることもあろう。よく覚えておいてくれ」

この言葉に、天狗といわれ人を人とも思わない傲慢な大隅大夫も心から感謝したと言います(「素人講釈」大意)。

 

文楽は語り物。浄瑠璃の一字一句をゆるがせにせず語ることに、大夫・三味線たちの血のにじむ努力があるのです。

武智鉄二が、先代綱大夫に「最近の大夫は『浄瑠璃素人講釈』があることすら知らんそうですな」と訊いたら、綱大夫は「猫に小判でんがな」と言ったそうです。

 

 

shiroto


なまえ
犬丸 治   いぬまる・おさむ
演劇評論家
 1959年東京生れ。慶應義塾経済学部卒。
「テアトロ」「読売新聞」に歌舞伎評掲載。歌舞伎学会運営委員。著書「市川海老蔵」「歌舞伎と天皇 『菅原伝授手習鑑』精読」(いずれも岩波現代文庫)ほか。


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