團十郎逝去に思う~歌舞伎と文楽~

2013年2月10日更新

 

十二代目市川團十郎が亡くなりました。

9日NHKBSで再放送されたドキュメンタリーで、海老蔵当時の團十郎が、住大夫から苛烈な稽古をつけられる場面がありました。

ichikawa当時「天下の市川宗家に向かって無礼だ」などというお門違いの批難すらあったのですが、芸道の世界ではあれくらいの稽古は当然のことなのです。

十八世紀半ば、人形浄瑠璃は隆盛を極め、「歌舞妓無きが如し」とまで言われました。

近松門左衛門以来作者に恵まれず、幼稚な戯曲しか無かった歌舞伎は、人形浄瑠璃を積極的に歌舞伎化していきます。

その時、歌舞伎は人形浄瑠璃の演技・セリフ廻しをも技法として摂取したのです。

それが「丸本歌舞伎」です。

いまの歌舞伎のレパートリーのうち、南北・黙阿弥の世話物、舞踊、新歌舞伎を除けば、おそらく六割ぐらいは丸本歌舞伎なのではないでしょうか。

ですから、歌舞伎役者にとって義太夫は必須であり、それを極めるには「本行」、つまり文楽を師と仰ぐのが基本です。

 

戦後、武智鉄二率いる「武智歌舞伎」で、扇雀(現坂田藤十郎)・鶴之助(故五代目中村富十郎)は、豊竹山城少掾や竹本綱大夫・弥七に鍛えられました。いまでも藤十郎のイキを詰むセリフ廻しにその影響が見られます。

以前富十郎が「熊谷陣屋」で弥陀六が見顕わされての「テモ恐ろしい眼力ぢゃよなァ」以下の長ゼリフが素晴らしく、思わず「文楽のタテ詞ですね」と葉書に書いたら、「有難うございます!山城のお師匠はんに厳しく教えられたんです!!」とわざわざ電話をいただきました。

本当に嬉しかったんですね。

 

昭和三十四年四月、亡くなった團十郎の叔父である八代目松本幸四郎(白鸚)と綱大夫の歴史的共演が実現し「嬢景清八嶋日記・日向嶋」が上演されました。

このとき、当時十代だった染五郎(現幸四郎)萬之助(現吉右衛門)も出演していました。

当時二人とも清元や舞踊は稽古していましたが、義太夫ははじめてで手も足も出ない。

父の幸四郎が頼んで、綱大夫に一日みっちり稽古をつけてもらったそうです。

そのおかげで、二人とも義太夫のイキに近づいた。

「本当の芸をもっている人に指導してもらうことはいいことだと思いました」と幸四郎は回想しています(山川静夫「綱大夫四季」)。

 

歌舞伎と歌舞伎役者は、人形浄瑠璃文楽によって育てられるのです。


なまえ
犬丸 治   いぬまる・おさむ
演劇評論家
 1959年東京生れ。慶應義塾経済学部卒。
「テアトロ」「読売新聞」に歌舞伎評掲載。歌舞伎学会運営委員。著書「市川海老蔵」「歌舞伎と天皇 『菅原伝授手習鑑』精読」(いずれも岩波現代文庫)ほか。


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