歌舞伎と文楽は「兄弟芸術」

2013年1月10日更新

 

これから、文楽公演の毎回の見どころなどについて、折々書いていこうと思います。

もっとも私の専門は歌舞伎なので、あくまでも「歌舞伎から観た文楽」です。

しかし両者は切っても切れない関係。いわば「兄弟芸術」です。

十八世紀の人形浄瑠璃は優れた作者を得、歌舞伎とは比較にならない高度の文芸性を持っていました。だから歌舞伎は浄瑠璃をどんどん摂取したのです。演目もそうですが、演技・セリフも、人形浄瑠璃から貪欲に学びました。

ですから、歌舞伎を深く愉しむためには文楽を観ると良いし、歌舞伎を知っていると、文楽の凄さがより一層迫ってくるのです。

 

二月の国立小劇場は「摂州合邦辻」。いわゆる「合邦」ですね。_DSC9334_2

義母である玉手御前が、継子の俊徳丸に偽りの恋を仕掛ける、というテーマ自体峻烈で、玉手が嫉妬の余り浅香姫を責めさいなむくだりや、父合邦が怒りにまかせ娘を刺すくだりなど、文楽の曲は激しい手で、人形の動きとともに真に迫ります。

大夫はこの女の激情と、手負いになってからの述懐まで、心の運びを十分ハラにいれて語らねばなりません。

出だしの「いとしんしんたる夜の道」で、暗夜を歩む玉手の足取りが、つづいて「恋の道には暗からねども」で、俊徳を思う玉手の心情に移る、という具合です。

母から問われての「面映げなる玉手御前」以下は、歌舞伎では前半後半に二分したりしますが、やはり通してやらないと玉手の気持ちが通じません。

嫉妬の乱行になって、歌舞伎では「邪魔じやったら許さぬぞ」と変えたりしますが、文楽は本文通り「邪魔しやったら蹴殺すぞ」です。

 

玉手は偽りの手段として俊徳に恋をしかけたのか。あるいは本当に恋していたのか。ここは解釈が分かれるところですが、後者でしょうね。

そう思って演じないと「十九や二十」という玉手の色気、恋心が引き立ちません。

 

歌舞伎では、武智鉄二の演出にならって、坂田藤十郎・市川猿翁が文楽の味わいを残した舞台を見せたのが眼に残っています。


なまえ
犬丸 治   いぬまる・おさむ
演劇評論家
 1959年東京生れ。慶應義塾経済学部卒。
「テアトロ」「読売新聞」に歌舞伎評掲載。歌舞伎学会運営委員。著書「市川海老蔵」「歌舞伎と天皇 『菅原伝授手習鑑』精読」(いずれも岩波現代文庫)ほか。


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